恋 は 匆 匆 「この壷は南蛮渡来のものでね、庶民には触れる事も出来ないような代物なのだよ」 キィキィと甲高い声を出しながら 屋敷の肥えた主人が踏ん反り返っている 俺はいつまでこのオヤジのくだらない自慢話を聞かにゃならんのか だがこれも任務だ、仕方ない 「潮江クンだっけ?君はいつからドクタケに?」 「かれこれ二年程、仕えております」 「ほう。てっきり十年近く仕えてるものだと…君、あまり若く見えないからね」 「・・・・・・」 ドクタケに仕える商人のフリをするのは簡単だ 忍術学園とドクタケの因縁は深かった 学園を卒業して半年程経つが、お陰で あの城がどのような城なのかをよく解っている 「ちょっと待っててくれ、昨日仕入れた南蛮の品を見せてやろう。確か隣の部屋に置いた筈…」 屋敷の主人が部屋を出ていくのを確認してから、辺りを見回す 鼻につくまでの絢爛豪華な屋敷。いかにも“悪党の家”といった感じだ あの男は、農民から不法に巻き上げた金で得た品物や武器をドクタケに流している 俺達の城の陣地で よくもまあ抜け抜けと悪事に手を染められる 俺の今回の任務は、品物や武器がこの家に保管されているのかを確かめるというものだ 無駄に煌びやかな壷を眺めていたら 女中らしき女が音も立てずに現れた 「潮江様、どうぞ」 女が お茶を差し出した 見た事のあるような無いような…極めて薄味な顔立ちの女だ しかし まるで能面のようだ、愛想というモノが一切無い 「あの…此処の女中さんですか?」 「ええ」 まだ若いのだ、他にも働く場所があるだろうに ――ふと あの女の事を思い出してしまった。まだあの茶店に居るのだろうか 「どうして此処で働いているの、なんて言いたそうな顔ですね」 「…いや、そんな事は」 「銭よ、銭。お給料が良いから、ただそれだけ」 そう言うと 能面のような女は部屋を出て行った 間もなく、屋敷の主人が木箱を抱えて戻って来た 「これを見てほしくてな、ハッハッハ!世にも珍しい南蛮渡来の…」 任務とはいえ、そろそろ帰りたくなってきた * * * 「五年分 他人の自慢話を聞いたような気がする…」 「ははは、ご苦労だったなぁ文次郎」 仲間と共に城まで駆け、殿に偵察報告をする その結果、今宵 主人を捕らえる事となった 忍達が準備を始める 手慣れの者が主人を護衛している可能性もある故、緊張感に包まれている ――そういえばあの能面のような女中、銭の為だと割り切っていたが 主人への情や従属心が無いのであれば 反抗せず我々に従ってくれる…かもしれないな 8.邂逅とはかくも可笑しき (行ったぞ、あっちだ)(追え!くれぐれも殺すなよ) 「ひいいっ やめてくれええ!」 主人は じたばたと無駄な抵抗をしていた それを横目で見ながら 俺はあの女中を探していた 主人が雇っていたとみられる用心棒達は とても眠そうで動きに精彩が無く、縛る事も容易かった 食事を作った者が一服盛ったとしか思えない ドン、ドン・・・ 不審な物音が突如 天井裏から聞こえてきた。苦無を握りしめ、咄嗟に身構える 「潮江君、こっちこっち!」 頭上から声が降ってきた 見上げると 天井から例の女中がひょっこりと顔を出している 「そこに居たんですか」 「天井裏に女中の皆が避難しているの。救助してもらえる?」 「それは無論…」 待てよ、俺はこの女性に何と呼ばれた? 「ねぇ…潮江君、私の事覚えてない?」 「何を突然」 「私の名はミツ。貴方より ひとつ年上」 みつ? みつ・・・この特徴のあまりない顔・・・ 「…もしかして“ミッちゃん”!?」 「正解!お久し振りね 潮江君」 そうだ、思い出した。くノ一教室に居た“ミッちゃん”だ が時々彼女の話をしていた。確か嫁ぐ事になって退学していた筈だ 「家計が火の車だからさ、私も子育てしながら此処で働いていたのよ」 「それは大変だな…いやはや気付かなくて悪かった」 「潮江君が商人なんてやる筈無いものね。しかもドクタケ!ふふっ」 能面のような表情が同一人物のそれだとは思えぬ程、彼女は楽しそうに微笑んでいる 「…昼は何故あのような仏頂面だったんだ?」 「潮江君あの頃から顔変わってないんだもの、気を抜いたら笑っちゃいそうで大変だったよ」 「・・・・・・」 ミツさんの手も借りつつ 女中達を安全な場所へと避難させる 思いの外 女中の人数が多い 銭よ、銭。お給料がいいから――彼女の言葉を反芻した 「ミツさん、有難うございます」 「私もあの男の悪行はそろそろ裁かれるべきだと思っていたから。…ところで、」 「はい」 「その後 とはどうなったの?」 ミツさんの表情が 乙女のそれになっている 「…現在 任務中にてそのような話は」 「私 貴方達に協力したでしょ?そのくらい話しなさいよ」 女は怖い。冷静沈着だと思いきや 突如強権を振りかざす 「が学園を辞めて嫁いだっていうのは 風の噂で聞いたけど…」 「その後 色々あったらしくてな…此方に戻って来たんだ」 「まぁ!それなら、」 「が今なにをしているか 俺は知らない。もうあいつとの繋がりは何も無い」 終わった事だと割り切っていた筈なのに このもやもやとした気持ちは何だ 自分の吐いた言葉で 自分が動揺するなんて 情けない 「…顔が寂しいって言ってるよ 潮江君」 NEXT → (11.11.11 前回より些か時が流れました。なかなか人の心は変われないもので) |